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2017-11

「東京」という場所。 - 2014.03.15 Sat

准くんが表紙で 「東京♡」特集だった anan No.1889 (2014年1月22日号)を眺めていて思った「『東京』という場所。」について。

なんかふと書きたくなったので。
戯言です。





実家が「東京」の私も、あの街を出て早15年が過ぎた。
ありきたりだけど「時間が経つのは本当に早い」。早すぎて嫌になる。

最初の地はイギリス。
准くんの誕生日を狙った訳じゃないけど、ビザと飛行機の関係で日本を出たのは偶然にも11月18日。
私には、「あれ?11月18日だ。」という「人生の転機がとなる出来事」が何度かある。

スーツケース2つだけで、全く何も決めてない状態で、「知ってる人が誰も居ない。今まで行ったことも無い。そんな場所で、自分がゼロの状態から自力でどこまで出来るか試してみたい。」という若気の至りと探究心だけで、カナダ(バンクーバー)に降り立ったのも11月18日。

今の職場に面接に行ったのも11月18日。
悪夢の様な日々から、自分の生活を取り戻す為に勇気を振り絞って第一歩を踏み出したのも一昨年の11月18日。
運命とは思わないけど、色んな意味で11月18日が私の大事な記念日である事には変わりない。



両親はバリバリの東京っ子だが、父の転勤の都合で「宮城県・仙台市」で生まれた私は「仙台生まれ・東京育ち」。東京とは「祖父母が住む街」程度の認識しか無かった。しかし父の東京帰任が決まり「東京に引っ越します」って言った時の周りの反応が凄かった。

「東京に引っ越すなんて凄い」
「東京に染まるな」
「大都会」

と人が口々に言うのを聞き「自分はどんな所に行くんだろう」と戦々恐々だったのを今でも覚えている。准くんもananの記事の中で「(東京は)計り知れない魔都だった」と書いている、まさにそんな感じ。

東京の新しい小学校で私は「仙台から越してきた子」。親は「東京が地元」。
子供は子供社会の中で「よそ者」で、大人は今までよそ者だった扱いから「地元」に戻ってきた。
その雰囲気の違いに、最初の数年は「東京が嫌い」だった。
でも、いつの間にか東京に慣れ、東京が自分のホームになり「実家は東京」というのに何の抵抗も無くなったんだろう。

この15年程、日本に帰る時は殆どが短期の帰国だった私だけど、去年初めて4週間弱という長期休暇を取って日本に帰った。帰って、V6と共にひたすら日本を動きまわって、東京の街を歩きまわって、そして思った。


「東京は相変わらず魔都だ」

スピードが早い。とにかく早い。
人の歩くスピード。時間の経つスピード。進化するスピード。

そして、廃れていくスピード。

私が知っていた東京は姿を変え、体に染み付いていたはずの東京のシステムは形を変えて、どんどんと何処かへ進んでいる。どこに進んでいるのかは全く分からない。こんなに変化の早い街は珍しい。仕事や趣味で各国を動くことが多いけど、東京ほど来る度に「違う街だ」と思う場所はない。

あれから1年が経つ。
たまに日本に「遊びに」帰りたいなとは思うが「私の地元ではないな。」と思う様になった。

「実家のある場所。」

それが「東京」だ。


最近、私は結構真面目に「アメリカに居るか vs 日本に戻るか」の選択を求められる事が多い。
ぶっちゃけていうと「アメリカは自分が来たいと望んで来た国」では無くて「成り行き上、住む事になった国」だ。出来る事ならバンクーバーに帰りたくてしょうがない。ただ今は自分の仕事が起動に乗って一番楽しい時期だったり、今まで種を蒔いてきた副業の芽が出てきて、いい感じに回り始めてたり、色んな事で「まだ、ここから動くのは勿体無いな。」と思っている程度。

では「東京に帰る」のはどうか。
答えは「No」だ。
遊びには行きたいが「住みたい」とは思わない。
いい場所だとは思うが「だったらサンフランシスコの方がイイ」と思う。

今の、生活の基盤がここにあるからだろうか。
「あんた、そう言うけど東京帰ったら一番エンジョイするタイプだからね」と旧知の親友は皆、口を揃えて言う。自分でも「多分そうだと思う」って答える。


ananの記事の中で准くんが、

「でも東京で暮らしてみて故郷の良さを知ったところもあります。大阪の土地勘はないし、この先、大阪で暮らすこともないかもしれませんが...」(anan No.1889 P.20)

と言っているのを読んで「大阪に帰ろう」とは思ってないのか?と思い、ちょっと寂しかったのとか、「じゃぁ、外から東京を見ている私はどうなんだろう」とか思ったのが、この戯言のきっかけ。答えはまだ分からない。

東京に住んでいた年月と、東京から出て海外に暮らす年月が今年で同じになった。
「仙台」も「東京」も「ロンドン」も「バンクーバー」も「サンフランシスコ」もホームではない。どこにも帰る所のない遊牧民みたいな気持ちで体も心もずっと彷徨っている。


私にとって「東京」とは。

福山雅治が歌う「東京」そのものだ。
あの曲を聞くと、実家の近くの246と、大好きな東京タワーの夜景と、夜中に犬の散歩に行っては月を見上げた駒沢公園とか目黒川とかの景色が脳裏に甦る。

そして、ちょっとノスタルジックになる。

● COMMENT ●

しぃさんは、本当に色んな街で人生を過ごされてきたんですね。
私は父の転勤先の三重県四日市で生まれ、幼少期に名古屋で過ごし、結婚してすぐに三重県の名張という街に住んでた以外はずっと箕面に住んでます。
私の母方の祖父が生まれ育った街ですが、祖父も難波や、神戸に移り住み、今は親戚中で私と兄以外はこの街に住んでいません。
きっと縁があるんですね。
准くんがもう故郷の街には住まないと思うけど、、と語った時はやっぱり、寂しいなと思ったけど、そらそうやなあ、、と。でも、年々、故郷に枚方に対する気持ちは高くなって、枚方のためなら、、と思ってのひらパー兄さんは嬉しかったです。
今月発売の枚方ウォーカーでも枚方愛を語ってました。
私はきっとずっとこの街にいると思います。
坂の上の街から見る梅田の街明かりや、澄んだ空の日は、神戸や、生駒山、京都方面の山も見える風景がやっぱり好きかな。
子供たちには将来、どこに行ってもここが故郷だ!っていつでも帰ってきてほしいと思います。

東京

気になって福山さんの曲を聴いてみました。しぃさんが抱いている東京はこんな感じなんですね。確かに東京は他の国の都市に比べて落ち着かない土地なのかもしれませんね。東京は戦後の焼け野原から急速に復興したせいか歴史をかんじる場所じゃないから便利な街だけどどこか気持ちが休まらないとゆーか趣がないとゆーか。遊びには行きたいけど生活したくはないって気持ち、福山さんの曲を聴いてちょっぴりだけど分かる気がします。

コメントお返事

◆ tomoko さん
私は父も母も東京なので親戚もみんな東京集中なんです。
だから田舎が有るクラスメートが羨ましかったな。唯一、祖父が持っている山が福島にあるので子供の頃は良くその山に行って山歩きしてました。でもやっぱり我が家のホームは東京の様です。私はすっかり遊牧民でどこが自分の地元なんだか、さっぱり。どこに帰ったら良いのかも、さっぱりです。帰る場所がちゃんとある、それって本当に羨ましいです。

◆ オーリー さん
なんとなく、懐かしい思い出とか独特の空気があるんだけど、どんなに月日が経っても「東京」には落ち着いて馴染めないというか、いつの間にか流れて変わっていく街に着いていけない自分が居るというか。不思議な街ですよね。

うまく説明出来ないんだけど、なんか自分の居場所じゃないようなそんな雰囲気が漂う、実家のある場所。それが「東京」です。


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サンフランシスコからロスへお引っ越ししました!相変わらず建築エンジニアをしています。建物と写真と美味しい物、そしてVの末っ子をひたすら愛でる日々も相変わらずです。

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